ウィークリー・メッセージ 2016第7回
「漁師を弟子にする (ルカ5章、1−11)」
新居浜教会担当司祭
フェルナンド・マヨラル
「沖に漕ぎ出して、網を降ろして漁をしなさい。」とイエス様が弟子たちに言いました。するとシモンペトロは「一生懸命しましたが、魚を捕れませんでした。しかしお言葉ですから網を降ろします。」とイエス様に言いました。
このエピソードがあった2千年後の今も、イエス様は私たちに同じ言葉を言われているのではないでしょうか。私たちは、信者、司祭、シスターとしてイエス様のメッセージをすべての人たちに伝えなければなりません。特に貧しい人たち、困難にある人たち、苦しみの中にある人たちのところへ届けなければなりません。けれども、私たちは自分の弱さを感じています。または全力を尽くしても、多くの宣教の実を結ぶことはできないと感じています。そんな中でも、私たちはイエス様に信頼するように呼びかけられているのではないでしょうか。
日本の社会に住んでいる私たちは、よりよい宣教を行うために今まで何度も反省してきました。「最近、洗礼を受ける人が少なくなってきました。信者たちも高齢になり、司祭、シスターの数も減ってきています。司祭、シスターを目指す若者の数も減ってきています。主よ、よりよい宣教の方法を教えてください。」といつも心から願っていることと思います。私は次のように考えています。
1. 信仰は神様のお恵みですから、そのお恵みをその人に与えてくださるよう、私たちは神様にお願いし、そのために祈ることが必要でしょう。
2. 伝える信仰を私たちは深く体験しなければなりません。その体験から信仰に生きることが必要でしょう。
3.
イエスのメッセージをよく伝えることができるように、その人の文化、習慣、状態、環境などを知らなければなりません。それらのことを知ったうえで、養成することが必要でしょう。
4.
種まく人のように、私たちは優しい態度で、イエスの信仰を小さな種として伝え、そして出来るときに、その人を尊敬しながらイエスのことを話してみるのはどうでしょうか。
<山本神父の記事「この人はヨセフの子ではないか。」に行く | 硫黄神父の記事「四旬節第1主日」へ行く |