ウィークリー・メッセージ 2021年11月21日

王であるキリスト

古川健一神父


 王であるキリストの祭日を黙想する時、もちろん、イエスさまが再臨してくださるのは嬉しいことなのですが、終末と聞くと、何か、恐れ、不安、心配に心が向いてしまう事があります。11月は死者の月で亡くなられた方のためにお祈りしますが、同時に、身近な終末である私自身の死、私の愛する人や最愛の人の死も考えてしまう事もあります。

 今日の聖書と典礼には、そんな私たちのためのメッセージがたくさんあります。第一朗読では「とこしえ」「滅びることがない」答唱では「変わることなく」「今もいつも世々に」などの言葉を聞く時、私は大丈夫と安心することができるのです。なぜなら、その日には、神様がちゃんと面倒を見てくださるからです。

 だから、私たちは今ある幸せが、いつかこわれる不安、恐れではなく、その幸せがあることを感じる事、神様が与えてくださっているたくさんの恵みに気づき賛美することが大切だと思うのです。イエスさまに心を向けさえするなら、救いのしるしを見ることができるのです。

 例えば、それはすくすくと育つ子供の成長かもしれません。今、秋の紅葉がきれいですが、自然のサイクルを見ながら神様の永遠の働きに気づくこともあるでしょう。

それだけではありません。自然のサイクルと同じように救いのサイクルが教会にもあります。それは典礼です。「アルファとオメガ」という言葉が第二朗読ででてきました。

 終末は終わりだけれど、終わりではなく、終わりの次に必ず始まりがあるのです。私達の典礼も永遠に続いていきます。

 来週、典礼は待降節に入ります。この待降節をもって私達は新しい年に入ります。この期間はイエス様が私達の救いのためにこの世におうまれになった事を祝うための準備期間です。しかし、同時にイエス様が再び私達を救いに来られることを待っている期間にはいっていきます。

これらの数多くの救いのしるしに私達がたくさん気づいていけるように、王であるイエスさまに心を向けていきましょう。

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